法律ドックとは何か【2】 2019/11/28

弁護士と法律ドック

 私も30代から、成人病予防の意味で毎年人間ドックを受けるようになった。
また弁護士生活を5、6年夢中でしてきたところで、少し落ち着いてきた。そこで依頼者や相談者の人に、もっと弁護士を活用してもらいたい趣旨から、事務所報を作って知人などにも配布するようになった。予防法学の見地から、ホーム・ローヤーや法律顧問のすすめを繰り返した。

 さらに実際の訴訟や法的手続、法律相談をしてみて、人々があまりにも法的に無知であったり、軽視・無視をしている実態に気づくようになった。

 特に名古屋弁護士会の委員会活動に伴い、サラ金被害者の救済や、民事介入暴力被害の救済、さらには消費者被害の救済を何件か処理しているうちに、どうしてこんな悲惨な目に遭うのかと考えるようになった。

 これらの背景には、市民の法意識の欠如、したがって市民の法律生活教育の欠落がある。またそれらのケースには、1つのパターンがあるような気がした。例えば、契約書などの文章に、あまりにも簡単に署名捺印をしすぎることなどである。

法的危険に陥るのは、1つのパターンがあるのではないか。それならば成人病予防の人間ドックのように、法的危険を回避・予防する方策がとれないだろうか。ホーム・ローヤーや法律顧問の役割の中で、そうした予防機能を果たせないであろうか。

そこから法律ドックの構想に思い至ったのである。私がこれまで、ホーム・ローヤーや法律顧問について長々と記述したのは、そうした予防法学の延長線上に、法律ドックの構想があり、その発想の経緯や趣旨が分かりやすいと思ったからである。

弁護士はたしかに裁判などの事件処理に忙しい。予防業務などやっておるヒマはない。そのように思う弁護士も多いであろう。第1、法律ドックなど活用する人がいるのであろうかとも。

けれども「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする」(弁護士法第一条)。人々がみすみす悲惨な目に遭うことを、座視していてはいけない。

卑近(ひきん)な言い方をするならば、金儲けにならなくても、するべきことはしなければならない。元来、弁護士は倫理的職業であり、人間主義的職業であるからである。

バートランド・ラッセルは『幸福論』のなかで、「私はお金で買うことができるならば、安全な生活時間というものを買いたい」といった意味のことをいっている。私たち弁護士が、誠実に職務を果たそうとするならば、人々の幸福増進のためになることは、勇気をもってするべきである。

中小企業のための法律ドック

 「知らぬは地獄」というのは、中小企業の場合も同様である。中小企業の経営者の法的無知・無視・軽視の結果は、個人の場合よりさらに悲惨といえるかもしれない。その最悪の事態が、企業の倒産であり、その結末は経営者のみならず従業員や取引先までも巻き込むからである。

 その意味では、中小企業の経営者も、法律顧問を活用することが、むしろ社会的責任といえるかもしれない。経営者自身に、法律問題を全体的、専門的に把握・分析して、対応策を講じる能力を求めることはほとんど期待できない。また中小企業で弁護士並みの法律知識・感覚、処理能力をもつ人材を養成することも不可能に近いからでもある。

 法律顧問の場合も、中小企業の経営者が法律問題であると考えて相談に来なければ、中小企業もやはりみすみす法的に危険な落とし穴に落ちてしまうかもしれない。

ここに中小企業は中小企業なりに、法律ドックを定期的に受ける必要性があるのである。

法律顧問も、顧問先に法律ドックを施すことにより、十分な法的サービスをしたことになる。

法律ドックとは何か

すでに述べたように、法律ドックとは、総合的予防的な法律相談であり、具体的な必要に応じてする個別的応急的な法律相談ではない。法律ドックは、一般的によくある法的な危険を、事前に総合的に指摘し、その危険を回避し予防し救済するものである。

そのために法律ドックは、ある程度、体系的網羅的ではあるが、いわば微に入り細に入るような法律相談ではない。

法律ドックは弁護士の問診と、受ける者の回答、それに対する弁護士の診断と処方により一応の完結をみる。問診は弁護士の法律知識と経験からなされ、診断・処方も同様である。

法律ドックには体系的であるところからくる一般性と、診断・処方者による特殊個別性がある。したがって十分な法律ドックは、弁護士に直接面談して行われるものである。

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